前に 過去生を見てきた話

※シリーズものです。3部構成。

道

こんにちは。

ついにこの人もアタマがおかしくなったのかと思われるかもしれません。

私自身、ネット上にこの手の話を書くのはちょっとどうかとも思うのですが、
昨今の世界情勢、物質文明に押しつぶされそうなこの世界に息苦しさを覚えて、
ちょっと精神世界的なことを書きたくなりました。

初めにお断りしておきますが、
これは何か特定の宗教を勧めるものではありませんし、
怪しげなものを売る話でもありません。

ただ、確固とした科学的根拠のある話ではありませんので、
そうですね、一般的に語られる、
いわゆる 「臨死体験」 的な事柄に
アレルギーがある方は読まないほうがいいと思います。

フィリピン

私は思想的には公正中立な人間で、人には親切でありたいと思っている、
ごく普通の人間です。

日本では「スピリチュアル」という言葉に、怪しげなムードが漂いますが、
特にそういう方面にハマっている人間でもありません。

死後の世界についても、なんとなく、「あったらいいな。」と思っていて、
その点に関しては、ギリシャのソクラテスが、
「死後の世界はあると思う。
 なかったらなかったで、死んだ本人にはわからないからいいじゃないか。」
と言っていますが、大体同じ考えです。

ソクラテスは非常に面白い人で、
「夜熟睡している時はすごく気持ちいいけど、本人はわかっていない状態。
 そういう意味では、人は毎晩死んでいるようなもの。」という、
けっこう乱暴な意見を述べています。

それで、過去生 のことなんですけどね。

以前に東京にいた時に、そういう専門のクリニック(?)というか、
瞑想センターのようなところがあると知り、
自分の過去生が見えるんなら、見てみたいなあという好奇心から、
ボーナスを使って、申し込みをしてみました。

ご想像の通り、世の中、空気みたいなものほどお値段がお高いんですよね。

でも、毎月通わないといけないところが多い中、
集中2日間コースでできるところがあって、そこに行ってみました。

干草ロール

そこでカウンセラーの人からひと通り講義を受けてから、
カウンセラーの指示に従って、過去生を見るわけなんですけど。

過去生を見る前に、まず幼少期のことを思い出す訓練のような時間がありました。

いくらカウンセラーがベテランさんとは言え、初めはなかなか大変でした。

1回目の時は、「見よう、見よう」としても、
焦りが先に立って、なかなか見えてこないんです。

でもようやく見えてきたのは、土の地面と、古いつくりの家でした。
エジプトか、どこか中東あたりと感じたのですが・・・
とにかく、もしかしたら紀元前くらいの古い感じでした。
そこで私は女性でした。

ロンドン

回を重ねるとだんだん慣れてくると言われた通り、
2回目はすんなりと世界に入っていけました。

こういう、過去に行ったり、瞑想したりする時は大体そうみたいなんですが、
トンネルに入っていったり、
ドアから入って行って、ドアを閉めて階段を下りて行ったりします。
たぶん、産道を通って生まれるようなイメージなんじゃないかと思われます。

それで、2回目の時は、トンネルを出たとたんに、
ヨーロッパの山間(やまあい)の風景が鮮やかに見えました。
そこは、スイスでした。
いや、特にそういう看板があったりしたわけではないんですが、
そう感じたとしか言いようがありません。
そこでも私は女性でしたが、戦前なのか戦後なのかはわかりませんでした。
刺繍だか縫い物だかの仕事をしていました。

私はわりと早死にしたみたいですが、娘が一人いたようです。

アイスランド

そのコースでは3つの過去生が見られるようになっていましたが、
3番目、最後に見たのは、
アメリカの開拓時代の、男性だった私でした。
私は荒野の崖の上で、馬にまたがって下を見下ろしており、
そこには鉄道が敷かれているのが見えました。
ですが周りは一面の荒野でした。

それでですね。
人は前世のカルマを背負って生きているという説があって、
過去生を見ることによって、今の人生の課題を知ろう
ということなんですが。

結局、2日間くらいのコースじゃ、何もわかりませんでした。
でも、それって意味があることなのかなあと思います。
過去によっぽど罪深いことをした人(殺人鬼とか?)じゃなければ、
過去の人生を見ることに、さほどの意味があるとも思えませんでした。
最初は意気込んで行ったんですけど、行ってみたら、
「こんなものかな。」 という印象でした。
私の見た人生が3つ(3人?)とも、わりと平凡な人生だったからかもしれません。
それと、カウンセラーの人のテンポが速すぎたと思うんですよね。
もうちょっとゆっくりしてほしかったです・・・。

なので、それほど執着したわけでもないんですが、
「瞑想するのって面白いかもしれないな。」 と思いました。

カリフォルニア

それで、今度は、同じところの、瞑想教室に出てみました。
それは、4回だったか5回だったかで完結する、
瞑想の入門編みたいなものでした。

瞑想は、カウンセラーのいるその場ではうまくできるんですが、
自宅で再現してみようとしてもなかなかできません。

瞑想がうまくいった場合、「内なる自己」、
「ハイヤーセルフ」 と呼ばれる高次の存在が語りかけてくれるのです。

あ、今読んでいるアナタ、やっぱり私のアタマがおかしいと思いましたね(^^;

私はその世界を疑ったわけではないんですが・・・
なぜならその場では脳裏に色んな風景が浮かびましたし。
ただ、人間の脳みそはたぶんすごく良くできていて、
過去生にしろ、臨死体験にしろ、
脳みそが作り出した幻影である疑いも捨てきれないわけです。
その少し前に買った、
(一般に売られている、そことは関係ない)前世の見えるCD&本も売ってしまいました。
自分ひとりでやっても全然見えないんです。

その後、さらに上の教室に出席することもなく、
その時のワークブックやCD、捨てるに捨てられず持っていますが、
もう1回一人でも真面目に取り組む気分になれず今日に至っています。
ハマる人はどんどんワークショップに参加するんですけどね。

私としては、瞑想は、自分と深く向き合うという意味で、
悪いものではないだろうという認識です。
仏教の座禅は、広い意味で瞑想ですよね?
もっと深い話を期待されていた方には申し訳ないです。
ネット上には、瞑想や、前世療法に傾倒されている方の文章も多く出ていますが、
ごく普通の感覚を持った人間(私のことです)が体験したらどうなんだろうと
疑問に思われている方の参考になれば幸いです。

個人的には、瞑想の技術(?)は身に着けても良いと思いますが、
過去生を見るのは別に必要ないかなと感じました。
というか、瞑想が上手になれば、自分ひとりでも過去生が見えるようになるらしいですよ。

次回のブログは、1週間後になるか2週間後になるかわかりませんが、
ネイティブ・アメリカン(以前はインディアンと呼称されていた)の本の話です。

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